Bitter Sweet

ときめきたいったらありゃしねえ

湯葉DAY










久しぶりである。
指摘される迄、日記を書こうとも思わなかった。



















目を開けたら其処は、もう既に見慣れた景色では無く、乾燥した空気と、枯れた匂いが蔓延している。
誰もいない部屋と、真新しい家具、黄色い照明。
何処だ此処は。何だ此れは。














東京で働いている。
ビルとビルの間のビルのエレベーターでしか上がれない様な部屋で。


こんな筈ではなかった。

あまり悲観的な意味を含んでいるわけではないが、こんな筈では無かったのだ。

1年前、まだスーツが固かった時、
皮靴が臭く無かった時、
私が東京で働く事になるなんて、甘皮ほども思っていなかった。思いたくもなかった。


働けば、歳をとれば、生きていれば、色んな事があるんだな。予想だにしない事が次から次へと降りかかってくる。
ザッピングの様な日々だ。 ピンボールの様に弾かれる。


気が付いたらキーボードを叩く音が隣の人に追いついて来ていた。





何と無くで生きている気しかしなくて、其れは果たしてキャパシティが足りていないからなのか、それとも気の緩みなのか、
もっとやらなきゃいけないし、出来る筈だが、やれない、出来ない。

何処かでぶち壊したいと思って、やりがいやモチベーションを模索する。

刺激、? そんなんじゃ無さそうだけれど。










明確なモチベーションはひとつだけある。
此れだけは入社する前から持っていて
永遠に持ち続けるものである。




もう、他人越しにやり甲斐を見出すことしか出来ない。

勿論綺麗事では無くて、本当にそう思っているし、そう言い聞かせなければ、其れが真ん中に無ければ、くにゃっと曲がって地面に着いてそのまま腐敗してしまいそうだからである。




ちょっと偉い人との面談とか、上司との悩み相談という名の飲み会では、
一度たりとも全てを理解してくれたことはないだろう。
決まって適当な相槌と、気色悪い笑い声が返ってくる。











社会人になって、半年。
ようやく大学時代の友人達と再会する機会が増えて来た。

自分の事より他人の話を聞ける人間と、久し振りに会って、あぁ、これだ、と。


特別な空気と照れ臭さに紛れて、気恥ずかしい野望を話す。

目の蓋を赤くして、半年前と変わらない、あの空気を纏って頷いてくれる。


うん、うん。





 



あいつと名刺を交換するなんて



知った顔に名刺渡す方法とマナーなんて習わなかったから、どうしたら良いのかわからなかった。





  



他人の為にと、ひたすらに愚直に生きる皆の為になれれば良い。 
意識される程の大きな事をするつもりは無い。
今はまだ、巡り巡って、回り回って、で良い。









やはり僕は、役に立ちたい彼等彼女等をフィルターにして濾した日々を過ごすしかない。





誰に何て言われても、自分の為、が自分の中で一番になるなんて絶対にあってはならないんだ。 自分の中では。













































































♪東京/きのこ帝国

石垣に張り付きたい













パソコンの操作に少しでも慣れるように、iPhoneのキーボードをローマ字入力にした。
携帯を触るたびにささやかなストレスが溜まっていく。 携帯依存症の僕もこれで少しはマシになるかもしれない。
精一杯の、小手先の努力だ。




一ヶ月間の本社研修が終わった。
今月からは各々が各部署に配属され、いよいよ本当の社会人生活が始まる。

今回の研修では足りないものばかりが見えた。

現代社会ではパソコンに詳しくないと上手く生きることが出来ないようだ。
生きにくい、生きにくい。
隣のあの子は手でメモを取るより、打ち込んだ方が早いっていうんだ。
そうか、そんな時代か、 なんて年齢不詳な思いを何度も何度も反芻する。

やらなければいけない事はただひたすらに多い訳であるが、何故かうまくピントが合わずに何も行動を起こす気になれない。
いつピントが合うんだろう。 見当もつかない。







社会人になったんだなぁ










































































♪青春時代/銀杏BOYZ

肌色の壁(つや無し)





合同説明会 というワードを、垂れ流しのテレビの中の人が口にした。ハッとする。 もう1年経ったのか。

1年前の3月1日。 例年より就職活動が後ろ倒しになったからと、周囲を取り巻く全ての人に急かされた結果、リクナビだのマイナビだの何の事だかさっぱり分からず、みんなが焦って登録しだしたから自分も登録した。スーツだけでは寒過ぎることに気付いて、合同説明会の前の日に急いでコートを買いに行った。ほぼ0からの就職活動のスタートだ。



皆黒いコートに黒いスーツ、
染めたばかりの黒い髪、
プライドは捨て切れずに化粧は濃いまま、
ひたすら群れて、ゴキブリみたいだなぁと思った。
ただ規則正しく列に並び、頻りに頷く数時間、意義を見出して参加する人はどれだけいるのだろう。


昨日の様に思い出せる。 友人と企業ブースを回った日々や、早起きして他県で行われる大きめの説明会へ参加した事。
そうか、もうそんな時期か。
確かに、あと二週間後には卒業式だ。 社会人だ。

やらなければならないし、やれば出来る























なんて下書きに保存していたら、卒業式などとうに終えてしまった。
こんなに自由な四年間は後にも先にもないだろう。 有意義なことも、そうでないことも、大学時代にしか出来ないことを沢山やれた。
それととにかく、人に恵まれた。  



明日から3日間、缶詰研修である。
もう一つ寝ると、社会人である。
漠然とした不安が押し寄せ、潰されそうだ。 窒息しそうだ。
出来ないことがきっと沢山あるだろう、かっこ悪いことの方が恐らく多い。

でも、やるしかない。 どうせやるならやれるだけの事をやろう。
少し前の自分も、やれば出来るって言ってた。





子供と大人の線引きってよくわからない。
成人になれば大人だろうか。 でも学生だったし、実家暮らしだった。 もし既に大人だったとしても、そうでなかったとしても、明日からはもう大人。 今日は子供としての最後の日だった。 何も特別なことはしなかったけれども。
















































♪Break/tricot

替えの靴下よりあたたかいものは無い










ブーツの中の指先が死んでいる。感覚は既に無い。
果たして次の駅で無事に降りることが出来るだろうか。 
準備して吊革に掴まる。 緊張する。 腹が痛い。 ぐっと堪えてやや内股になる。 眩暈がする。 眉間を押さえて皺を寄せる。 電車が揺れる。 不意を突かれ二、三歩ふらつく。 膝を痛める。 うずくまる。 何だあいつは、と聞こえる。 槍が飛ぶ。 耳鳴りがする。 頭が痛い。血管が千切れる。 ドアが開く。 走ってホームに出る。 息が切れる。 動悸が激しくなる。 心臓が痛む。 ゆっくり歩く。周囲はいつもより少しだけ明るく見える。 


今日は良い日だ。





































































リモートコントローラー/椎名林檎

先ずはデニムの裾を捲るのに躊躇してから









ほんの一週間程前から降り始めた雪が猛威を振るって、1日に2、3回は雪掃きをしなければならない。 駐車場の入り口が塞がる。
身勝手な除雪機が遠くから持ってきた汚い雪を垂れ落としながら家の前を通る。 さっき見た景色がまた広がる。しかし、雪の色は黒い。

折角早起きして雪掃きをした僕のおでこに 無駄 という判を押し、やかましく去っていく。



とうとう細い方のミサンガも切れた。
ただの汚い糸だったけれど、左手の違和感を拭い切ることは出来ない。
やけに軽い左側が吹き飛んでしまわないか気を遣いながら過ごす日々にひどく疲れる。
 左手にミサンガが巻いてある という意識か、はたまた思念の重さかわからないが何か途轍もなく大きく、大事なものがふといなくなってしまったようで悲しい。

どうせまた、邪魔で、汚くなって、臭くて、濡れると厄介な 編んだだけの糸を左手首に着けるんだ。 たったそれだけで何かの為に生きてるとか、何かがあって生きてる気がするんだ。




































































♪コンビニララバイ/クリープハイプ

亀状態



少しの坂で息があがり、白く変装した二酸化炭素が顔を見せる。
リュックの紐から押し潰された肩が悲鳴をあげる。










先週末、自宅で祖母が転んだ。 文字で書くとこんなにもあっけからんとしているのか。

部屋のドアを開けて、スリッパを履こうとしたところ、つまづいて受身も取れずに転倒した。
結果、幸い骨に異常はみられず、背中と腰の筋肉を痛めただけで済んだのだが、本人は歩くのもなかなか難儀な様だ。




僕には大問題だった。 学校で、高齢者の日常的な怪我は寝たきりに繋がり、痴呆にも繋がる恐れがあると聞いた事があるから。 瞬間的で身体的なケアは拙くも出来るが、慢性的に続く個人的な身体状態と精神的なものに関しては如何しようもない。

まあそうはいえど、先ほど述べた通り口にしたり文字にすれば全く大したことではない。 我々もその「大した事の無い事象」として捉えてこれまで過ごして来たのであるから、世の中の常識の通り、きっと事実もそうなのであろう。
ましてや、僕に出来る様な事であれば、犠牲など厭わない。

実際に身近に起きた場合、日常がほんの少し崩れた場合、しかも被るのが他人の場合、僕は最悪の状態を想像する癖がある。 
こうなるのが嫌だからこうする。 として生きてきた僕は、突発的なトラブルや事案に上手く対応出来ない。 自分では如何しようも出来ない領域に及ぶ問題を前にして、ただただ辟易する事しか出来ない自分の無力さに絶望する。


いつも通り歩けず、何やら苦い顔をしている祖母を見ながら、 可哀想 と 申し訳なさ でいっぱいになる。
頼む、痛くない振りをしてくれ。 出来れば笑ってくれ。
そう思う程に益々自分自身が追い詰められていく。






手も足も出ない僕の顔が、手摺に摑まりながら歩く祖母の背中に透けて見える。 祖母と同じ様な顔をしている。












1週間が経ち、折角良くなってきたと思ったら、今日また、状態を悪化させる事象が起きた。1日目より痛みが酷いようだ。

僕はまだ、上手く歩くことが出来ない。





































































♪二十九、三十/クリープハイプ




タイトなジーンズにねじ込みたくない







雲の直ぐ下に住んでいる。
耳朶の下を潜り抜ける風を感じながら、もう会う事は無いだろうなと気持ちが少し落ち込む。

最近は曇天しか見ていない気がする。 動きも鈍くなる様な気がして、関節の動きが悪くなる。








下書きをしている間に年が明けたようだ。
元旦の朝、ベッドの中で原因のわからない鈍痛が右膝に走った。
一富士も、二鷹も三茄子も見たことが無い僕には何もめでたい事なんて無く、ただただ地に足をつけて平常心を保つ事に努める日々である。

とはいえ、挑戦の一年。
何かと良い年になれば良いなと思う。


出来ない事に向き合う事は誰だって億劫だし、やれない事に挑む事は誰だって不安だ。
自分も、環境も、価値観も変わってく。
今の、22歳の自分に出来る限りの事をやるしかない筈。

雑踏と喧騒に揉まれながら、の一年のはじまりである。






































































♪ハナノユメ/チャットモンチー